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姫路城にて 

姫路には度々来ていましたがお城は久しぶりです。


天守閣への入り口です。
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石垣がツートンカラーなのは
色が薄い所は屋根のひさしで雨があたらず築城当時の色だそうです。
色が濃い所は雨でカビが生えて黒く変色した色なのだそうです。


ここからは姫路城で一番、屋根が見えるスポットで絵を描くのであれば辛そうです。
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瓦と瓦の間に注目すると滴水瓦(朝鮮瓦)が使われています。

単なる要塞としての城ではなく当時のインポートブランド?を使い「美」にもこだわっていたのでしょう。

現在のビルディングではそこまで余裕が無いように見えます。


姥が石
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天守閣(最上階6F)からの景色です。
外観は5層ですが地下1、地上6Fの造りなのです。
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ここは風通しが良く姫山(姫路城の土台)のふもとから天守閣最上階6Fまで登ると
汗だくです。
おまけに、攻められにくくしているので  登りにくい。

登りきった後の最上階の風が心地よく感じます。
緑が多く静かで気持ち好いです。



その姫山の由来ですが、播磨風土記に登場しています。

大己貴命の息子、火明命は、強情でたいへんな乱暴者でした。
父神の大己貴命は、息子の性格が乱暴なことを悩み、息子を捨ててしまおうと決意する。

ある日、大己貴命は息子の火明命を連れて、海へ漕ぎだしました。
船が因達神山(今の八丈岩山)にさしかかると、大己貴命は火明命に、水を汲んできてほしいと頼みます。そして、火明命がその山へ水を汲みに行くと大己貴命は急いで船を出してしまったのです。

父神にだまされ置き去りにされたことに気づいた火明命は怒ります。その怒りによって、それまで穏やかだった海は荒れ狂い、大己貴命の船は、あっという間に沈んでしまったと言います。

やがて大波が起こったところは波丘(今の名古山)、船が沈んだところは船丘(今の景福寺山)と名づけられ。

船に積んでいた荷物が落ちた場所には、それぞれに名前がく。

琴が落ちたところは琴神丘(今の薬師山)
筥が落ちたところは筥丘(今の男山)
梳匣が落ちたところは匣丘(今の鬢櫛山)
箕が落ちたところは箕形丘(今の秩父山)
甕が落ちたところは甕丘(今の神子岡)
稲が落ちたところは稲牟礼丘(今の青山稲岡)
冑が落ちたところが冑丘(今の冑山)
石が落ちたところは沈石丘(不詳)
綱が落ちたところは藤丘(今の二階町あたり)
鹿が落ちたところは鹿丘(不詳)
犬が落ちたところは犬丘(不詳)
蚕子が落ちたところは日女道丘【ひめじおか】と名付けました。

日女道丘が現在の姫山



天守閣最上階には、「おさかべ」とよばれる妖怪が住んでいて、年に一度だけ城主にだけが会えることができ、藩内の統治に助言していた。と聞かされていました。

他には宮本武蔵の妖怪退治で天守閣で美しい姫(おさかべ姫)に出会い宝剣を授かる。
城主の秘書が天守閣でおさかべ姫と会った。

などたくさんの伝説もあります。

元々は姫山に刑部(おさかべ)神として祭られていたようですが秀吉の姫路城築城の際いったん城下に移された後徳川政権下での姫路城主池田輝政の時代に姫山に戻ってこられたようです。

姫路地方では「ゆかた」は長壁(おさかべ)神社の例祭から着る習わしとなっていたそうです。
ゆかた祭(6月22日?23日) はもうすぐです。


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水木しげるさんの「長壁

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竜斎閑人正澄画『狂歌百物語』より「小坂部姫」(長壁姫)

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北尾政美『夭怪着到牒』より「刑部姫」

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鳥山石燕『今昔画図続百鬼』より「長壁」




もう一つの有名な伝説

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お菊井戸

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観光で訪れた人たちが中をのぞいています。


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葛飾北斎の描く「百物語・さらやしき」

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月岡芳年の描く「新形三十六怪撰・皿やしき於菊乃霊」

お菊さんが井戸から身体をのぞかせている姿を思い出してしまします。
やっぱりきになりますよね?  中がどうなっているか。



実際のところは
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こんな感じです。


他にも黒田官兵衛さんゆかりの瓦紋などあったはずなのですが
時間が無かったので次の機会にしたいと思います。

おしまい









おまけ

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